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2011年12月 8日 (木)

ラオスの旅 2011 その2 ジャール平原

今回の旅の目的地のひとつ、ジャール平原。

ポーンサワンから郊外に点在する謎の石壷群。

「ジャール」ってフランス語で「壷」という意味らしいので、そのまま「壷の平原」というわけですが、まさにその通りでした…

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ポーンサワンから近く、訪れる観光客が最も多いサイト1。

ガイドブックなどで紹介されることが多い一番有名な大きな石壷の前は、記念写真スポットにもなっていました。

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私は朝9時過ぎに訪れたのですが、朝もやのなか、幻想的な雰囲気。

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しかし何故こんな場所にたくさんの石壷を作ったのでしょうかね。

発見された当初は石壷のなかに人骨やガラスの装飾品の残骸などがあったとか。

酒壷説や米壷だったとか、いろんな説があるようですが、昔からの伝説もいくつかあるようで、真相は今も謎だそうです。

そのあと車で移動してサイト3に向かいました。

車を降りて入り口から歩くとすぐこんな景色

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畑の中を歩いて向かいます。

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壷の数はサイト1より少なく、石壷も小さめですが、私はこっちのほうが気に入りました。

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中には何が入っていたのでしょうかね。

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…そしてまた移動。

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道路脇にはロシアの戦車の残骸が残ってました。

今はのどかで平和なラオスですが、幾度となく争いに巻き込まれた歴史の上に成り立っているということ思い知らされる一瞬です。

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そしてサイト2にやって来ました。

写真だけで見るとサイト3と変わりないですね。

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木漏れ日の下、いい雰囲気です。

サイト2もサイト3も私の他には誰もいませんでした。

町から離れているのでここまで来るひとは少ないのかもしれませんね。

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自然の木が石壷を割ってにょきにょきと延びています。

もの凄い生命力。

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細長く背の高い石壷は2メートル以上あります。

この日だけで何個の石壷を見たのか分かりませんが、それぞれ特徴があって興味深く眺めていました。

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ポーンサワンに戻る途中に立ち寄ったムアンクーン。

ラオス内戦のさなかの1968年にアメリカ軍の爆撃で破壊されたワット•ピアワット。

傷ついた大仏が今もそのまま残されています。

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この仏塔も400年の歴史があるそうです。

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モン族の民家に立ち寄ってみました。

初めてなのになぜか懐かしい雰囲気。

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謎の石壷もここの皆さんにとっては特に珍しいものではなくて、昔からそこにあるだけの存在なのでしょうね。

皆さんにとって、石壷を珍しがって訪れる私のほうが珍しく映る存在なのかもしれないな、と思った一日でした。

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